シュレディンガーの猫

おやすみdayだったので、録画しておいた“神の数式”という番組を見ておりました☆いままで世界中の物理学者たちが、世界(宇宙)をたったひとつの数式で表すにはどうしたらいいのか?と奮闘してきた歴史をひも解いていく内容で、2時間もあるので頭がスッキリしているときに見たいと想っていたのです。( •ॢ◡-ॢ)-♡

物理学者の方たちはこの100年もの間、実験の結果ではなく、美的感覚に従うことにした(この考えのおおもとにいるのはディラックっていう物理学者だそう☆)。物理学者にとっては対称性が大事なので、その美的感覚は、ひと(見る視点や感覚)によって変わるものではない。すべての対称性を兼ね備えたものが、神の数式だと考えた物理学者(ローレンツ)もいたそうです。
(そして番組ではさまざまな理論の発展の過程からヒッグス粒子発見くらいまでを、時間を追ってひも解いていました)。

科学者の瞳が遠く深遠に澄んでいるのは、自分の欲とか賞賛とか人生とか、そういう卑近なことじゃなくて、宇宙とか万物とか、神に向いているからかもしれないな・・・
なんて綺麗なんだろうっていつも想うんです・・・☆

科学に携わっているひとではなくても
いちばん大事なことは、

自分の周りにあってくれるひとたちやものへの愛情と
自分が生み出すものへの愛と
この世界をすべて突き抜けたところへの愛なのだと想います☆


わたしはこの世界って、ひとがジャンル分けしているけれど本当はひとつなんだって想ってて、
音楽も数学も科学も物理も、言語や、もしかしたら神様さえも・・・。
植物の種や花びらの配列がフィボナッチ数列になってるっていうしずかな真実、因数分解の構造のように映画を作ると完成度が上がるっていう映画監督がいたり、数式を極めるとそれはまるで音楽のように美しいという数学者や、ひとの世界にだけある決めごとみたいなもの(本質的じゃないもの)にしっかり考えずにはまっちゃうとそのうち大きく全部が変わって流れて消えてしまうことがあったり、でもお花のように大雨のあとでもただまた宇宙真理のように咲いたり。
物理の世界でもただいわれていることは“変化しないものはない”っていうことで、だからこそ宇宙の法則のようなものにしたがって、ただ咲きたいと想っているのかもしれません。(そうじゃないとなんだかすごく不安になるのです・・・☆)
なんとなく、とかカンみたいなものって意外に正しいことが多いような気がするのです。(って誰にいっているのでしょうか?)

お花を蒔くように生きていたいな・・・☆
なんか、たのしい☆☆☆
生きていることが。(なんのこっちゃら?笑笑)


そういえば、これどうやって撮ったのかなぁ〜と思っていたの。むこうがわにプロジェクターがあって映像を吐息に映してるんだそう☆☆☆種明かしを知ってしまいました。TRAVISのメンバーが酸欠になってたおれないように、お医者サマもすぐ近くに待機して撮影してたそうです。おもしろいアイディアが世界にはいっぱいあるのですね☆