brise

晴れてる!と想えば晴れているし、曇っているなぁと想えば曇っているようなお天気。

夕べ、夜中に窓の外でものすごくがさがさ、ドシン!という音が聞こえてきていて、ねこ!?って想ったのですがあまりの音の大きさに人間かも???と怖くなったりしながら、朝になって、ハトのヒナが木の下に落ちているのがみつかりました。わたしの部屋の外のノウゼンカツラ(地面からずっとのびてきていて、屋根にまで届きそうになっています)にハトが巣をつくって、たまごをあたためていたのです。たぶんこのハトchangもわが家のお庭から飛びたっていったハトなのです☆
さっきみたときはいなかったけれど、親のハトがまた巣に戻ってきているので、まだ生きているヒナがいるといいな・・・って想って見守っています。ヒナは、母と木の根元に埋めてあげました。

わたしには鳥changの気持ちはわからないけれど、親の鳥がヒナが死んでしまったことを悲しまないでいたらいいなって想っていました。ただ愛だけで・・・お世話をしてあげて、でもいなくなったら何も感じないといいなと想いました☆(やっぱりそんなことはないのかな・・・)。
親クジラが子どものクジラを連れて、遠距離を旅する途中でしつこいシャチにつきまとわれ、ついには体力がおちた子クジラが食べられてしまう映像を見たことがあるのですが、そのときのナレーションが“子クジラがいなくなっても親は旅を続けなくてはなりません”といっていて、親はどんな気持ちなんだろう・・・?って想っていたことを想いだしたのだけど、もしも野生に近い動物ほど何とも想わないのなら、ひともそれでいいのかも・・・って少し想ったのです☆
無理かもしれないし(わたしだってきっとそんなのきっと無理だし)、いなくなったひとを強く想い続けるのは美しいことのような気がするけれど、強ければ強いほどのその気持ちが憎しみや怒りを生むのだろうし、そういう気持ちを美しいとさえ想う人間の世界ってもしかしたら狭いのかもしれない・・・ってふっと想ったのです。
たぶん、そういうことをすぐにわすれてしまうひとは、ひとの世界ではばかだなぁ・・・みたいにみられるのかもしれないけれど、大きな自然のなかではいちばん自然で素直で
綺麗なのかもしれないなぁ・・・って想っていたのでした☆
うーん、わかんないケド☆
ただ、愛のきもちだけが残っているといいなぁって想ったのです・・・☆


梅雨があけたけれど、紫陽花のお花を一輪・・・☆


新聞に、渡辺俊美さんのinterviewが載っていて、“震災もそうですし、生き方として、誰かのせいにしたら、戦争が起きてしまうので、それがいやです。なすりあいが多すぎますね。”っておっしゃっているお言葉が、いまのわたしの気持ちには響くのでした。
“誰のせいでもないよ、誰もわからない” “昔の話は 少しだけにして、新しい日々の 話をしましょう” っていうのはいいなって想ったのです☆